人類がまだ原始的な生活をしていた太古の時代、道具や住まいを作るのなら絵図を描く程度で十分だったでしょう。しかし時代が経つにつれ正確な物作りが求められると図面が必要となってきます。
作図にあたっては先ず線が描かれ面が作られて平面図となります。それに加えて側面図や正面図が描かれることで人は立体という物体を把握することができます。そこでは作図のルールとして幾何学が用いられ、計測や計算するための数学も発達してきました。図面を描くための学問がそのように発展していくと文明が進化し、精密な機械や巨大な建築物が作られてきました。
今日、形や空間を把握するための図形や作図をするためのルール・約束事はユークリッド幾何学といわれています。それは、紀元前300年ごろ数学者ユークリッドがそれ以前まで散らばっていた幾何学の断片を編纂し13巻の大著『原論』としてまとめ上げたものです。
この幾何学は、2千年以上の永きわたって人類にルール付けされた空間把握、すなわち空間をどのように捉えるかという感覚に影響を及ぼしてきました。特に西洋文明の圏内で生きてきた人々にとって、この感覚は潜在意識化に植え付けられて普段は意識されないものです。
この感覚を人が自転車に始めて乗ろうとする場合を例にして説明してみましょう。先ずはペダルのこぎ方を学び、ハンドルを真っ直ぐに保つと同時に平衡感覚をつかみ、ぎこちない乗り方を繰り返すうちに乗れるようになり、そのうち慣れてきて自由に乗り回すころには操縦方法に意識を向けなくとも乗ることができます。そして乗り出したらすっかり操縦方法など忘れているものです。この例同様にユークリッド幾何学に基づく空間意識はあまりにも日常の生活に溶け込んでいて普段は意識しないものです。
しかし我々は過去人類が永年繰り返してきたこの感覚で世界というものを観ているのです。自然界の景色や動植物の形態にいたるまで見えるものはすべてこのルールに従った感覚で捉え、それに基づき学問が成り立ち社会が形成され、街の風景や景観までも含めた人工物などすべてこの感覚に基づいて出来上がっているからです。そのことからも、この幾何学は西洋文明の基礎を築いてきたといってもいいでしょう。
さて、ここでテンセグリティの構造原理を語ろうと思います。それにはまず最初にユークリッド幾何学(以下略して、従来の幾何と言います)では説明に限界があることを断っておかねばなりません。その理由は、従来の幾何学のルールがテンセグリティの構造原理を成す根幹部分で異なるからです。その根幹部分とは、ルールの原点である『点』という概念の捉え方です。
そこで先ず、この『点』という概念の説明から始めることにしましょう。私たち祖先からですが、特に西洋文明に影響を受けてきた国々の人々にとっては、あまりにも身近にありすぎて疑問に思わない、あるいは疑問に思う必要すらない『点』という概念が無意識の中にこびり付いています。そのため『点』はどのくらいの大きさなのか疑問に思ったことはないでしょう。
一応説明すると、従来の幾何では『点』は大きさに関係なく目に見える程度の極小で存在するものと仮定しているのがルールです。このルールに則って『線』という概念が作られています。よって『線』は極細でありその細さに限界はないという仮定の元に『面』という概念ができ、その厚みは限りなく薄い程度という仮定の元に理論を構築していきます。そしてこの『面』を何重にも重ねたものが『立体』として成りたって行きます。
ここで出発点の『点』に戻って考えると、そもそもこの『点』とは果たして存在しうるものか疑問に思われます。今日の様に物理や科学を量子単位でとらえる時代、物質を成す原子や電子が極小の点に見えるところまでは納得できます。しかし、さらに微小へと限りなく焦点を絞っていくと視覚にはいったい何が映るのでしょうか。おそらく原子や電子は物質とはいえない領域の存在ではないでしょうか。
従来の幾何が学問として成り立って来た背景には、物質を重視して成り立つ物質文明の発展があった様に思います。『点』とは人間の視覚が感知し存在しうる物質としてのとらえ方であり、それを前提とした世界観が当時の学術界にはあったのでしょう。
近代西洋における代表的な神秘思想(特に神智学や人智学)ではこの微小な存在をエーテル界に存在する流動的エネルギー「熱、光、化学(音)、生命」すなわち『エーテル体』とみなし、その領域は通常人間の視覚ではとらえることのできない世界なのだそうです。
東洋思想ではこの領域を『空』と呼んでいたことが窺われます。仏教の般若心経に登場する最も重要な教え『色即是空』。「目に見えるすべてのものは実体がなく、その実体のないものこそがこの世界を形作っている」という真理で示されるように、『空』の領域で流動的だったエネルギーが物質とみなされる状態になるまで変化し、その変化は光に反応し色を帯るようにようになってようやく人間の視覚に映り込むという様です。今後科学がより進んでいけば、この『エーテル体』とか『空』の領域を視覚化することが可能となるかもしれません。
しかし、時代が大きく変わろうとする現代において、進化するのは感知装置の方でなく、人間の能力にあるのではないかと思います。先に挙げた近代西洋の神秘思想にしても東洋思想でも、人間には第三の目が備わっており、それは松果体と言われる直感をつかさどる器官だと言います。松果体が活性化すると、視覚を通さずとも『エーテルや空の領域』を感知するそうです。
以下に示す絵は、ペルーのアマゾンにおけるシャーマニックな儀式「アヤワスカ」の体験やビジョンを描いたものです。
幻覚性植物を使って松果体を活性化するのとは異なり、幾何学では従来の限界点が結界となっていたので、この点に突破するため、今までのルールを外し、従来とは異なる空間認識に至ろうと考えています。
次章では、新たなルールとして『空』の概念を幾何学に組み込むところから始めます。


