1/31/2010

地上に降りる無限大


幾何の続きに入る前に、このへんでまとめておきたいことがあります。

今後、他に関連する内容に入ってしまうことがあるからです。

第三の建築へ至るには幾つかの道があります。
  • 一つにはここまで述べてきた幾何学、
  • その具現化である構造、
  • そしてそれに生命感を与える造形芸術、
以上の三つに集約できます。

建築装飾や造形といった意匠に関しては、その背後で支える骨組みとなる構造が基になっています。
また、幾何学とは構造の背後にひかえる普遍的な法則と言っても良いでしょう。



たとえて言えば、私たちの肉体を支えているのは骨格という構造であり、その構成やつくりは自然の叡智とでも言うべきある種の法則が関与しています。
知性を伴なう肉体にはそれにふさわしい肉付き、容姿が与えられ、さらに文化に応じて様々な衣装をまとっています。
この人間の要素には、さらに魂や霊といった高次の段階が存在しています。

それも重要な要素ですが、それについては先の三つ道のなかで語ることができればと願っています。
道の記述は必ずしも順番どうりでなく、そのつど関連し合い、バランスを取りながらすすめていきたいと思います。そうすることで互いに各道を補いながら理解を促していけるのではないかと思う。


 前々回の続きで、無限大を扱おうと思います。
この形は主に宇宙のレベルで主に存在しています。しかし地上の空間では重力という法則もあるのだろうし、形が変化し、私たちの身の回りにその変容した姿で表れています。
私は以前、オイリュトミーに出会う機会を得た際、このことを知らされました。
図の上から示せば、無限大がの交差する箇所が徐々に下がって形が変化していきます。
この交差する箇所こそ何かエネルギーのようなものを引き寄せ、生命が地上に宿るような気がしてなりません。
実際に描くと、交差する箇所がほとんど線になっきます。しかしそれは平面状のことです。立体という表現は硬すぎますが、流動する空間といったほうが良いかもしれません。
そのなかでは摩擦を生じる様な交差がおきています。
地上に降り立つ形は天使の羽根のようです。あるいは果物の断面、肺・胸部の断面などに似ています。


これを種に見立ててみましょう。
右の図のように、インゲン豆の胚乳が楕円を描いており、二つの胚乳は中央で実際につながっています。
しかし、このつながりを物理的に観察するのは困難です。
直感的には、無限大の交差する箇所が回転するような動きを感します。
この動きは生命エネルギー・気あるいはエーテルとも言われているものです。この回転する動きは渦状に上昇して胚という形態に変容していきます。
重力に左右され胚は閉じたままですが、徐々に上昇エネルギーを増し、左右に開く双葉を形成します。
こうして最初のシンメトリーが生じます。左右が同じ鏡像を描くことをそういいます。しかし、幾何学の視点から左右の双葉は左右対称の図形ではなく、一つの流れ、回転し上昇する無限大の変容した形なのです。

植物はスパイラル状に枝葉を伸ばし、最後にはそのエネルギーを花という状態で水平方向へと放出します。


1/16/2010

記述再開、建築の起源


昨年10月以降、すっかり記述が中断してしまった。その時点で、何よりも内容をまとめるのに時間がかかり過ぎると気付き、重要な基本事項はウエブサイトの方でまとめることにした。
建築の内容を終えたのが年末、その後こちらに戻ろうかとしたが、ベースとなる幾何もついでにまとめようと思い立ち、結局年を越してしまった。
既に理論的な箇所のすべては詳細にわたってウエブサイトに記述し、図面を参照に理解できるように示してきた。建築の項では語られていない、構造を形成する思考でもある幾何学についても、より詳細にわたって示したつもりである。
今後はサイトにも示されていない、建築と芸術そして科学との関係を掘り下げて探っていきたい。

さて、記述を再開しよう。以下ウエブサイトとも重複するが、これから提供する建築についてその方向性をあらためて示していこう。



建築の起源
 建築物においてドームは、技術的に最も難易度が高く、柱のない空間を天空に見立てることで、古代より主に神殿など特別な目的のための聖なる空間とされてきました。
建築の起源をさかのぼれば、聖なる空間は死者を祀る空間である墓にもありました。 太古の時代、建築の始まりは洞窟にあるというのが一般的ですが、それは今日まで遺されている遺跡からいえるのでしょう。実際、洞窟は少数で、むしろ大半は樹の上が安全なので、蔦や木々の枝をからませて住んでいたと思われます。そのあたりツリーハウスに近いといっても良いでしょう。しかし、地上に建つ人工的な建築物となると異なります。
死者はもう樹上には上がってきてくれません。そこで何らかの死者を祀るところを作る必要に駆られます。その印でありシンボルが単に小山から人工的な祠に発展した可能性は高いのです。さらに対象となる死者を祀る場所として聖地が選らばれていきました。死は、魂のふるさとであり、聖地はその入り口でもありました。そのための祠が地中に空間をつくり、定住民ならば何世代も繰り返すたびに拡大し、それに伴いその間に培った技術が住居に応用されていったのではないかと察します。



写真:西澤 豊

ピラミッドの形とエネルギー
 ここで、有史最古の建造物であるピラミッドについて一つ触れておきましょう。ギザのピラミッドは既に王家の墓でないことは分かってきています。、ある段階では墓として役を演じてきました。しかし、墓所としての聖地のあり方を掘り下げると、黄泉の世界へと通じる場の役割が見えてきます。ここでは、そのような世界は死後の世界のみを言うのでなく、非物質的世界とでも言っておきましょう。そのような世界に至る聖地は、その特有の地形や地球におけるその位置から、他と異なる磁場が発生し、ある種のエネルギーを形成しています。これは形がそのエネルギーを生み出すというよりも、聖地特有の地形や天体の動きをともなってピラミッドの形がエネルギーを増幅させるといったほうが正しいでしょう。ギザのピラミッドはそのエネルギーを人工的に引き立てる方向へと技術的に発展していったのが真の在り様です。 ただ、エネルギーを増幅させる形はピラミッドに由来するものではありません。より適切に言えば鉱物の構造に由来するものであり、身近には水晶の形などに現れ、人工的には電子機器に持ちられています。しかしこの鉱物界由来の形と生命エネルギーとの関係についての研究は端緒についたばかりです 
 さて、ここで私が提供する研究の内容は、科学と芸術の調和を促進するための一つの礎です。新しい建築は、建築の源をたどることでその構造、さらに構造を成す幾何学、そして幾何に関連する様々な学問を引き連れて展開していきます。さらに、建築装飾といった表層的な、感覚として目に見える意匠が、構造を伴ってその内部より形成されるとき、装飾が構造と一体となって建築そのものを際立たせ、その建築の芸術としての位置付けが成り立ちます。