7/25/2026

テンセグリティの構造原理  第五章 神聖幾何学におけるプラトン立体の役割

前章では、量子幾何学(虚空の幾何学)を通じた平面および立体における構造的側面を考察してきました。

本章からは、ユークリッド幾何学の根幹をなす「プラトン立体」を取り上げ、これを量子幾何学の視座によって再構築していきます。


【図13:プラトン立体(正多面体)】
 

 なぜ今、改めてプラトン立体から始めるのか。

 それは1980年代以降に再評価された「神聖幾何学」により、これらの立体が自然界の造形や宇宙の法則と深く結びついていることが明かされてきたからです。

さらに私自身、量子のミクロな世界とこれらの正多面体の間には、構造上の深い連動性が存在すると見ているためです。

 従来のユークリッド幾何学という枠組みだけでは捉えきれなかったプラトン立体の真の性質も、量子幾何学の視点を導入することで、まったく新しい構造的発見へとつながっていきます。 

 本格的な解析に入る前に、まずはプラトン立体を単なる「無機質な図形」から解き放ち、その本質的な役割を浮き彫りにしてきた神聖幾何学の歩みについて整理しておきましょう。


【神聖幾何学におけるプラトン立体の役割】

神聖幾何学(Sacred Geometry)とは、自然界や宇宙に存在するパターンや比率(黄金比など)に、普遍的な意味や法則を見出す思考体系です。雪の結晶の結晶構造、貝殻の描く対数螺旋、植物の花弁の配置に至るまで、ミクロからマクロにわたる万物が特定の幾何学的法則に従っています。


【図14:19世紀から20世紀初頭にかけて活躍したドイツの生物学者であり、哲学者、画家でもあるエルンスト・ヘッケル(Ernst Haeckel)によって描かれた放散虫の細密画】


 その中においてプラトン立体は、単なる幾何学上の多面体にとどまらず、「宇宙や物質を形成するための基礎的な概念設計図」として位置づけられています。

 私がプラトン立体を本格的に研究し始めた1996年当時、日本において「神聖幾何学」という分野はまだ一般的ではありませんでした。当時の建築・デザインや多面体幾何学の領域では、バックミンスター・フラーの構造理論や純粋哲学の文脈で語られることが多く、「神聖幾何学」という言葉は限られた研究者や思想家の間でのみ用いられていたのです。

 この概念が一般層へ広く浸透していく背景には、次のような歴史的タイムラインが存在します。 

 【神聖幾何学の広がりとタイムライン 】

 ・1982年(英語圏での萌芽): 人類学者ロバート・ローラー(Robert Lawlor)による著書『Sacred Geometry: Philosophy and Practice』が刊行され、古代建築や自然界の幾何学と精神世界を結びつける基礎が築かれました。

 ・1999年(世界的な概念の確立): ドランヴァロ・メルキゼデクが『The Ancient Secret of the Flower of Life』を出版。プラトン立体やメタトロン・キューブを含む体系が「フラワー・オブ・ライフ(生命の花)」の図形と共に世界中へ一気に広まりました。

 ・2001年末(日本への本格的伝播): 同著の邦訳『フラワー・オブ・ライフ — 古代神聖幾何学の秘密』が刊行され、インターネットの普及や2000年代初頭のパラダイムシフトと相まって、日本でも「神聖幾何学」の存在が定着していきました。

 私が1996年に向き合っていたプラトン立体は、こうした後のブームによるフィルターがかかっていない、純粋な数学的・造形的な幾何学としての姿でした。しかし流行に先駆けてその構造の美しさと本質に向き合っていたからこそ、それを後に「実際の建築構造」へと昇華させることができたのだと確信しています。

 私は1990年代後半、現在の「量子幾何学」の着想となるある種の基本構造に気づき、そこに潜む規則性と法則性の解析を続けていました。2000年前後にはその一連の構造メカニズムを解明し、2004年には幾何学的システム※6として特許出願・公開に至りました。 さらに2008年には、このシステムを応用したドーム型構造体※7を発明・公開しています。これらの特許文献の構造解析を紐解けば、そこにはテンセグリティー構造の真の原理や、かつてレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた格子スケッチのドーム化(多軸体構造)※8の解が明確に含まれているのです。



※6 中空状構造体の形成方法 https://patents.google.com/patent/JP2006286590A/ja

※7 ドーム型構造体 https://patents.google.com/patent/JP2010007289A/ja

※8 ダヴィンチドーム:レオナルド・ダ・ヴィンチのアイデアスケッチに基づく、部材同士が互いに支え合う相持ち構造(レシプロカルフレーム)を利用した自己支持型の幾何学ドーム。特別な金具を使わず、短い木材などの組み合わせで大きな空間を架け渡せるのが特徴。

7/20/2026

テンセグリティの構造原理  第四章 組紐文様に見られる虚空間

図7

古代文様における渦巻き紋(うずまきもん)や紐組み文様(組紐・結び)は、世界各地の先史時代から共通して見られる意匠です。これらは単なる装飾にとどまらず、自然への畏怖や命の再生、永遠の繋がりといった深い精神性が込められた普遍的なシンボルです。

まだ幾何学が未発達、あるいは必要ない時代に生きていた古代の人々、彼らが空間を把握する意識は現代人の様に3D的ではありませんでした。自然界の形態をつかさどる生命エネルギーの流れを直感的に把握し、その流れを意識の中で再構成し、それをあらゆる生活の場に刻んできました。

それらの文様の中には、今日の量子力学で言うところのクォークの流れを示唆するものが見あたります。

顕著な例では、図8で示すケルト文様のトリニティー※3です。これはクオークの流れを端的に示唆するもので、三つのクオークが互いの流れを共有し一つにつながったパターンです。中央には三角形の結び目を見せています。

図8:ケルト文様に見られるトリニティー


今日の量子力学でクオークは粒子の点で観測されています。しかし古代の人々の直感に従えば、本来はすべてがつながった一体となるものが流動しているだけなのかもしれません。それが途切れることなくどこまでも続く文様で埋め尽くされ、装飾として現されています。

現在の観測技術では、クオークが結びついてようやく物質化する箇所に目を向けているため、私たちの視覚には部分的に観測したものだけが映るのかもしれません。

ここでは、技術の進展を予測して語ることはできないので、ここから幾何学的な考察を踏んで相似関係に迫って行きたいと思います。


図8のトリニティーが作る虚空間に目を向けると、中央から外側の三方の虚空間の中には小さな四つ組の結び目が見えます。この結び目もクォークの物質形成とシンクロしています。
クォークが物質ハドロンを形成する条件として2個以上のクオーク粒子が結びつくことで可能となります。よって粒子が4個でも5個でも組み合わせによって様々な物質を形成することが出来ます。

これに類似する例は、次に挙げる図9の日本の水引という組紐です。水引は7世紀に大陸から伝わった組紐を、日本人が独自の感性で解釈し、アレンジし発展させたものです。そのパターンは数多くありますが、これはその内のひとつ「抱きあわじ」と称されるものです。

【図9:水引「抱きあわじ」】

この「抱きあわじ」には中央に四つ組の無空間の他、その両サイドには三つ組みの無空間が全部で六つ見えます。がっちりと結び合った青・赤の組紐は両サイドの紐の端部を引き絞れば交差する紐が作る無空間がより絞られ強固な結びとなります。

この性質はあたかもクォークが強い力(グリューオン)で互いに引き寄せられて絞られた無空間に『渦』を発生する様子とシンクロします。
更に組紐を進展すると、図10で示すように「抱きあわじ」をいくつもつなぎ合わせて帯状の形態に発展させたものがあります。

【図10:「抱きあわじ」の帯(連続体)】


ここまでは平面的な組紐パターンを見てきました。
しかし、実際自然界は必ずしも平面ではありません。時には平面的に見えるだけで、例えば花の花弁をあしらった文様のパターンがあったとしても、それは蕾の中で閉じていた花弁が開花して水平方向に変化した状態を模した組紐であったりするわけで、幾何学的には平面としてとらえられます。
図10の帯状のパターンにしても、たとえ帯の両端をつなげて輪にしても空間が開いている状態は平面としてとらえます。

では、組紐が立体になるとはどのような状態を示すのでしょうか。
現段階で立体とは閉じた空間とだけ言っておきましょう。今後段階を追っていく過程で、より詳しく見ていきますが、立体とは3Dすなわち3つの座標軸に沿って形成するものだけでなく、多数の座標軸によって形成されるものだと解釈を広げていきます。

では閉じた空間を形成する組紐を見ていきましょう。
閉じた空間といえば、球体や立方体をイメージします。ここでは紐組みの規則性が明確に分かるように、従来の幾何学のもっとも単純な形体である正多面体※4
とその派生形体をベースにした組紐を取り上げてみましょう。

図11は、正12面体と立方八面体をベースにしてできる球状の紐組みです。立体の各稜線に沿って紐を通し、互い違いに組んでいくと立体の頂点に当たる箇所は紐が交差して絞られた点のような空間であることが見えてきます。

【図11:組紐の幾何分析】

組紐が立体となることで、紐にあたるクオーク線が密に交差して虚無空間が球の中心に凝縮されるイメージを感じることでしょう。
クオーク線の交差が平面であれば、虚無空間には2次元的な『渦』が認識されます。それが立体となると、『渦』は右回りと左回りが虚空間で相互に渦巻き中心に引き込まれるイメージとなるでしょう。

次に、そのイメージをより明瞭にしていくため、幾何学モデルの面を増やしてより球体に近づけ、虚空間を広げてみたパターンを見て行きましょう。
今度は組紐ではなく、藤(ラタン)を編みこんだボールを例に取り上げます。

セパタクローというタイで行われる球技で用いられるタクローボールです。
このボールは、幾何学モデルとして正12面体から派生するアリキメデス立体の一つをベースにして作られています。
その多面体は複数の正五角形と正三角形からなりますが、元の形は正五角形が12面からなる正12面体です。その各頂点を削って三角形の面を出して球体に近づけています。
このような多面体をベースにすることで、藤(ラタン)の帯が織り成す際に生じる無空間がより広がって内部の空間が明瞭に見えてきます。

一つの帯が右回りに五角形の無空間を形成し、逆に帯が織り成す三角形側は左回りの交差を形成します。
この物理的な帯を『クオークの帯』とみなした場合、その流れは一方向だけでなく逆方向にも流れていると捉えることが出来ます。
これは物理的に説明し難いことです。プラスとマイナスが同等ならば静止します。五角形と三角形では差が生じ、その差が振動になり、それを揺らぎと言えば良いのでしょうか。

宇宙物理学(超弦理論)では、 宇宙の最小単位を「点」ではなく「振動する1次元の弦(ループ)」と捉える物理学の理論で、この弦の絡まり方を記述するために必須の数学となっています。

図12



ここまでは、自然素材を使った物理的に存在するものを通して量子幾何学(虚空の幾何学)に迫って来ました。そして、物理的形態と量子理論のシンクロを見てきたわけです。
また、そのベースとなる幾何モデルである正多面体は従来の幾何学から引き出してきたものでした。正多面体は別名プラトン立体※4とも呼ばれ、神聖幾何学※5の根幹を成す要素です。

ここからは物理的に存在するものに頼らず、従来の幾何学から導かれた形体である幾何学モデルをはじめ正多面体そのものを量子幾何学のルールに沿って変換し、量子幾何学の構造を構築して行こうと思います。




※3 ケルト文様の「トリニティ(トリニティ・ノット/トリケトラ)」は、3つの尖点を持つ結び目の文様です。ケルトの組紐(ノットワーク)を代表するデザインであり、「父・子・聖霊の三位一体」や「生・死・再生」、「過去・現在・未来」といった様々な「3」の概念を象徴しています。
※4 正多面体は古代ギリシャの哲学者プラトンにちなんで、別名「プラトン立体」とも呼ばれています。 
古代ギリシャでは、この完璧な対称性を持つ5つの立体が、宇宙の根源(火・土・空気・水・天界)を構成していると考えられていました。現在でも、その美しさと数学的な完全さからデザインや自然科学など多くの分野で親しまれています。
※5 自然界の動植物や宇宙の構造、音、光などに見られる「数学的な比率やパターン」を、神羅万象の根源的な秩序や霊的なメッセージとして捉える概念です。古代から建築や宗教美術に用いられ、調和と真理を象徴するものとされてきました。



7/12/2026

テンセグリティの構造原理  第三章 量子幾何学(虚空の幾何学)

 幾何学とは「空間をどのように把握するか」を探求する学問です。空間の把握のしかたによって、私たちの世界観や宇宙観も大きく異なってきます。

では、「なぜユークリッド幾何学では量子を説明できないのでしょうか?」

従来の幾何学は、私たちが日常で目にする「物質」の世界を捉えるには極めて都合が良く、そこで完結していました。科学の世界観も同様です。 しかし現代では、量子力学(※1)の発展によって物質の最小単位の成り立ちまでが解明され、その知見は宇宙の成り立ちにまで波及しています。私たちの世界観は、ミクロからマクロな宇宙へと大きく広がりました。

当然、今後さらなる解明が進む中で、「そこに現れる形や動き、そして空間のありようはどうなっているのか」という空間の概念やイメージも従来の枠組みを超えて変化していきます。それに伴い、新たな空間把握にふさわしい幾何学が必要となってくるでしょう。 これから語る幾何学は、まさにその要請に応えるために提示されたものです。

まず、空間把握に関わる根源的な課題に触れておかなければなりません。それは、量子力学における「無(虚空)の空間」をどのように解釈し、定義し、把握するかという点にかかっています。

ユークリッド幾何学は、まず「単独で存在する点」を前提として成り立っています。 しかし、ミクロな量子の世界において、最も小さな素粒子であるクォーク(※1)は、単独の「点」として観測されることはありません。言い換えれば、単独では存在し得ないのです。 その理由は、図5の陰陽図が示唆するように、互いに引き寄せ合う相手が存在して初めて形態や関係性が成り立つからです。 したがって、2つあるいは3つの粒子が結合して初めて私たちの前に姿を現します。そして、その結合を生み出す根本的な要因は、何もないように見える「空間」そのものから来ているのです。


【図5:陰陽図(太極図)古代中国の陰陽思想や宇宙観における「陰」と「陽」のバランスと循環を表したシンボルマーク】

 したがって、これを幾何学として成り立たせるには、「クォーク同士が相互に依存して初めて構成要素が定義され、その中心にある『無』の空間こそが強大なエネルギーを宿す」という概念を組み込んだ、新たな幾何学モデルが必要となるわけです。

この新たな幾何学は、従来の幾何学とはまったく異なるルールで展開していきます。

【図6:ユークリッド幾何学VS量子幾何学の根源的比較】

要素ユークリッド幾何学(従来モデル)量子幾何学:虚空の幾何学(提案モデル)
基本単位静的な点 (位置の自己完結)動的な交差(3つのループの交差による出現)
結合・構造2点を結ぶ 直線相互に依存し流動する クォーク線(結合)
中心領域境界に囲まれた 面(二次元の広がり)力を宿しハドロンを形成する 『無』の空間(虚空の渦)

以下、図6を参照しながら具体的に述べていきましょう。

図6(左)では、従来の幾何学でいうところの線が3本存在し、ループを描きながら中心で交差しています。その交差する場所は「交点」となって「点」が存在し、中央に囲まれた三角形の領域は「面(平面)」と認識されます。これが従来のルールです。

一方、図6(右)は量子力学の視点を取り入れた幾何学的解釈です。ここではクォークの粒子が織りなすループが交差しています。クォークは単独では視覚化されず、最小2〜3個の粒子が「グルーオン」と名付けられた強い力で引き寄せ合うことで結合し、初めて「ハドロン」という物質を形作ります。 そこで本幾何学では、視覚化できる最小単位の構成要素としてクォークを捉え、それを線状もしくは軸状に認識したものを「クォーク線」または「クォーク軸」と呼びます。仮にこの線が太くなって立体状に変容するならば、それを「クォーク体」と定義し、これを【第1のルール】とします。

従来の幾何学では、形をなす源は「点」であり、それが線になり、面になり、立体となって形を現していました。しかし、新たな幾何学ではこの「点」という物質性の概念そのものがなくなります。それにより、クォークが交差する場所に「点」が生じることはなく、交点は存在しません。また、クォークの交差は最小3本で構成します。これが【第2のルール】となります。

さらに、交差する中心領域は「点」が存在しない、すなわちクォーク以外の視覚で捉えることができない虚空(※2)の空間となります。これが【第3のルール】です。

【第4のルール】として、各クォークの流れは必ず互い違いに交差して格子構造(編み込み構造)を形成し、互いに引き寄せ合うという規則性があります。

【第5のルール】として、クォークが交差した箇所には目に見えない(視覚化されない)『対流』が生じます。これは、交差する領域に強い力がかかって互いに引き寄せ合っているためです。
分かりやすい例として、3本のクォークが結合する中心には、目には捉えられない
『渦』が生じます。あるいは、もともと『虚空』の空間に『渦』が存在するからこそ、クォークがそこに引き寄せられるのかもしれません。いずれにせよ、『虚空』である領域に流れが生じるため、これを虚空の渦と名付けて認識します。

なお、『虚空』となった空間においては、クォーク線が3本以上交差して立体状の渦を形成することがあります。その状態については、第6章「プラトン立体を虚空の幾何学で再構築する」の項で述べることにしましょう。

以下、量子幾何学における「5つのルール」を整理しておきます。

  1. 構成要素の定義:クォークを本幾何学の構成要素とし、線状・軸状に捉えたものを「クォーク線」または「クォーク軸」と呼ぶ。線が太くなり立体状に変容したものは「クォーク体」と呼ぶ。

  2. 交点の不在と最小構成:クォークが交差する箇所で互いに交わって一体化(一点に収束)することはない。また、交差は最小3本のクォークで構成する。

  3. 虚空の定義:クォーク以外の領域を『虚空』(※2)の空間とみなす。

  4. 互い違いの格子構造:各クォークの流れは、必ず互い違いに交差して格子構造を形成し、相互に引き寄せ合う規則性を有する。

  5. 対流と虚空の渦:クォークが交差した箇所には目に見えない『対流』が生じ、複数のクォークが交差する中心領域には『虚空の渦』が生じる。



【注釈】

※1 クォークと量子力学 

量子力学において、物質を形作る最小単位の素粒子を「クォーク」と呼びます。クォークはそれ以上分割できない「素粒子」であり、宇宙に存在するすべての物質(人間や身の回りのものを含め)の根源となっています。また、クォークは単独で存在できず、必ず2〜3個が結びついて陽子や中性子などの複合粒子(ハドロン)を形成します。

※2 虚空(こくう)

「虚空」とは、単に何もない空間という意味にとどまらず、「何の妨げもなく、すべてのものが存在する背景となる場所」を意味します(サンスクリット語「アーカーシャ(Ākāśa)」の漢訳)。 現代の量子力学においても、クォークより小さな真空のミクロ構造は完全には解明されていません。本幾何学では、この無でありながらエネルギーを宿す領域を、古代哲学の「エーテル」、東洋思想の「気」、仏教の「虚空」に通ずる概念として捉えています。


7/05/2026

テンセグリティの構造原理  第二章 有から無へ 

 ユークリッド幾何学では「点は限りなく小さくても存在する」と仮定し、その上に線や面・立体を形成し、まるでバベルの塔を構築するかの如く不滅の理論が積み重ねられてきました。 その歴史は約2千年も続いてきたため、それが絶対的な真理だと信じられてきたのです。

ところが約2百年前、その常識が覆されました。いくつかの矛盾点が発見され、絶対的真理としては限界があることが発覚したのです。かつては神の領域にまで達しているとされた巨塔が、実は雲の上で建設が止まっており、そこから先はどれだけ積み上げようとしても崩れ落ちるばかりだったのです。

【図2: タロットカードの「16番:塔(The Tower)」は、崩れ落ちる塔を描いた、突然の崩壊、価値観の激変、そして目覚めを象徴するカードです。ショッキングな出来事を暗示しますが、それは新しい創造のための「破壊と再構築」というプロセスでもある】


これらの矛盾点は、その後の研究により「曲がった空間(球面上や鞍型)」における図形の性質として論理的に記述され、「非ユークリッド幾何学」と呼ばれるようになりました。 そのうちの「球面幾何学」と呼ばれる分野から、現代の私たちにも分かる簡単な例を示してみましょう。

平面上において、三角形の内角の和は180度です。ところが、人類が飛行機を発明し、地球規模で長距離飛行をする時代になると、これが問題になってきました。 例えば、東京・オークランド・ホノルルを地球の表面上で結んだ場合、平面の地図上よりも地球儀上の三角形の内角の方が大きくなり、内角の和が180度を超えてしまうのです。

【図3:東京‐ホノルル‐オークランドを結ぶ地球上の三角形】


球面上では、三角形の面積が大きくなるほど内角が広がっていきます。その結果、目的地に向けて平面上の角度のまま飛行機を飛ばすと、到着地点が大きくずれてしまうのです。

過去200年の間に先人たちが見つけ出した矛盾点は、例えて言えば「雲の上に隠れていた塔の上部」でした。 しかし実は、基礎の部分にこそ最大の問題を抱えていたのです。 それこそが、前章で取り上げた核心となる『点』なのです。

従来の幾何学では『点』を「存在するもの」として絶対視していますが、その背景には、古代ギリシャ哲学が「有(存在)」を世界の根源とし、それに反する「無」を論理的な矛盾や思考不可能なものとして徹底的に排除した歴史があります。 哲学者アリストテレスの自然論においては「自然は真空を嫌う」とされ、空間には必ず何らかの物質が充満しているとして「無」の存在を認めませんでした。

この「無」を否定する宇宙観はやがて中世ヨーロッパに継承され、宗教の一部と化していきました。17世紀に至るまで、ヨーロッパで「無」をはじめとする「ゼロ」や「無限」を主張することはキリスト教への冒瀆であり、死刑宣告を意味していたのです。中世ヨーロッパではゼロを「悪魔の数字」とみなしてローマ教皇が使用を禁じ、1600年には宇宙が無限であると主張した修道士ジョルダーノ・ブルーノが、異端の罪で火あぶりの刑に処されたほどです。 したがって、西洋思想史の全体を通じて、「無」が主要なテーマとして深く意識されることはほとんどありませんでした。

このような思想から、「無(無いこと)」よりも「有(有ること)」に重点が置かれるようになったのは自然な流れです。それが物質的な価値を重視する意識を促し、ひいては物質至上主義を生み出したのでしょう。 所有する者と持たざる者との間に分断が生じ、共有よりも個々の「所有」を最優先する考え方に傾斜していったのだと思います。そこでは分かち合う意識は希薄になり、個の所有が強く強調されます。そして所有の独占が始まると競争心が芽生え、勝者と敗者の間で優越感と劣等感が生まれ、嫉妬や妬みといったネガティブな感情が湧き起こります。こうして階層社会(ヒエラルキー)が形成され、その頂点を目指すピラミッド型の社会構造が作られていったのです。 西洋思想に端を発したこの思考形式は世界を席巻し、あらゆる国々がその影響を受けてきました。

一方、東洋における「無」や「空」は、単なる「何もない状態」や「マイナス」「所有しない」といった消極的な意味ではありません。「無」や「空」とは、すべての存在が他のすべての存在とつながり、互いに依存し合っているという「真理」であり、極めて肯定的で根源的な思想へと高められてきました。

しかし今日、仏教や禅宗におけるその解釈は、一般人の日常感覚からかけ離れ、あまりにも抽象的で理解しづらいものとなっています。

そこで本著では、「無」や「空」を幾何学的に解釈し直し、明確なルールとして組み込むことで、図示可能であり、構造として計算できる形として提示していきたいと考えています。 そのためにまずは論理を一旦脇に置き、直感的に『無』のイメージをざっくりと捉えていきましょう。

東洋思想の代表である老荘思想の中には、『無』の本質が見事にとらえられている記述があります。イメージを掴むのに非常にふさわしい内容ですので、以下に抜粋してご紹介します。

●三十本の輻(や=スポーク)がひとつの轂(こしき=車輪の中心で軸を受ける部分)に集まるが、その中心の何もない穴(車軸を通す部分)があるからこそ、車輪としての働き(用)をなすのである。
図4:轂(こしき=車輪の中心で軸を受ける部分)】

壁は部屋を作り上げ、支えるが、その間の空間が最も重要である。
●壺は粘土で形造られるが、その中に形成される空間が最も有用である。
●それゆえに形あるものが役に立つのは、何もない無の部分が役割を果たすからである。
●行動とは、無が何かに影響した結果である。
精神の無があらゆる形の源であるのと同じように。

  『道徳経』第11章より抜粋 


『老子』第11章に登場する「車輪」・「壁」・「壺関する有名な一節は、「目に見えない空虚な空間こそが、実質的な機能(用)を生み出す」という「無用の用」の思想を説いています。

さらに、目に見える形を作り出す「源」についても言及しています。
「行動」とは、目に見えない無形の精神的な領域(意志、思考、潜在意識)が、目に見える現実や他者に何らかの影響を与えて生じる現象です。この原理は、宇宙のあらゆる物理現象や事象が「純粋な可能性(無)」から形を成していく過程と本質的に同じものです。

次章では、従来の幾何学における『点』をどのように『無』へと転換していくか、その際に組み込む新たなルールについて具体的に述べていきたいと思います。